牧師の部屋

永井明著「詩的イエス」

姦淫

夕食後のひととき
弟子たちはくつろいで
しゃべっていた
 
先生の弟子になってから
おれは
完全に自己に死にきれるようになった
と ひとりがいった
ほんとかね? と
他のひとりがひやかした
それじゃ
十戒なんぞはちゃんと
守っているんだろうね?
もちろんさ!
彼は昂然と答えた
すくなくともお前たちよりはな

  そのとき ふらりと
イエスが
部屋の中にはいってきた
それで と
イエスはいままでの話を
きいていたらしく
昂然と胸をはっている
彼にむかっていった
お前さんは
姦淫したこともないのかね?
 
あ あたりまえですよ
姦淫だなんて
口にするのもけがらわしい
きまじめな彼は
くちぴるをぶるぶるふるわせて
怒った
それでも お前さん
美しい女をみれば
色情の起こることは
あるんだろ?
 
ぐっとつまった
ましめな弟子は
うらめしそうに
イエスをみかえした
イエスは笑った
そんなに肩をはるなよ
みんなわかってるんだ
わしもそれは知ってるさ
ええっ
これには弟子たち全貝が
おどろいて
イエスの顔をみた
なにもそんなに
びっくりすることはないだろう
人間なら 男なら
あたりまえのことだ
 
ここで イエスは
言葉をあらためた
それよりも
律法を
かたちだけまもって
それでおれは完全だと
鼻をたかくし
他人をさばくことのほうが問題ではないか
そんな律法のまもりかたを
天の父が
よろこばれると思うのかね
律法の文字が
どう書いてあろうと
人間は
自由に 自然に
ありのままに
のびのびと
生きなければだめだ
ねえ そうだろ?
みんな
そう思うだろ?
 
弟子たちは 全員
顔を赤らめ 眼を伏せ
しだいに頭を低く垂れたが
その心は深く深く 
肯いていた
 
律法にしばりつけられていた
重い鉄のくさりが
イエスの言葉によって
断ち切られ
丘の上の春の雲のように
かるがると
自由に
弟子たちの心は
はてしない大空にむかって
飛びたって行った

(マタイによる福音書5・27~28)