牧師の部屋

永井明著「詩的イエス」

祝婚

台所へおりてきたとき
イエスは
目もとをほんのりと赤く
染めていた
 
愛らしい
はなよめはなむこの
婚礼を祝って
気持ちよく酔ったのだった
 
かめの水をすくい
ごくリと
のどをならして飲んだ
 
それから
かべに背をもたせかけて
すやすや眠りかけた
 
イエスや ちょっと と
小走りにかけてきた
マリアが

肩をたたいた
 
かあさん なあに?
お酒が足りなさそうなんだけど
そんなこと
かあさんが気をもむことないだろう
ぼくは ねむくって……
 
おおい 酒をもってこい
酒はどうした
酒がねえぞ!
 
どなり声で
イエスは眼をさまされた
歌声がきこえる
皿をたたきながら
まのぬけたふしまわしだ
笑いが起こる
手拍子がまじる
祝宴はまだまだつづくらしい
 
酒をもってこい
また どなる声
給仕の少年が
あおくなって駆けこんできた
 
とろんとねむい
イエスの頬に
微笑がひろがった
きみ そのかめの酒をくんで
もって行きたまえ
でも これは 水で……
いいから においをかいでみたまえ
あっ こ これは
いつのまに水がぶどう酒に?
 
あわてて料理頭をよびに駆けだした
少年のうしろすがたをみおくると
イエスは
自分の用事はすんだとばかり
そのまま また
壁によりかかり
あくびひとつするまもなく
眠りこけた
そして もう
だれが起こしても
眼をさまさなかった
 
だから
それから ふしぎなぶどう酒で
台所じゅうが
大さわぎになったことも
婚礼の客たちが
こんなにうまいぶどう酒は
生まれてはじめてだと
感嘆 敬服したことも
イエスは
何も知らなかった

イエスは
酔っぱらいの無礼をもとがめず
主人側の酒の用意の
足りなかったことをもとがめず
彼は ただ仮眠の
ゆめのなかで
めでたいめでたい婚礼を祝い
愛らしいはなよめはなむこの
しあわせを
祈っていたのだった

(ヨハネによる福音書2章1節~11節)