牧師の部屋

永井明著「詩的イエス」

天のとうさま

かあさん
とうさんは 本当に
ぼくのおとうさんだったの?

ヨセフが死んでから
まもないある日
少年イエスは
マリアにたずねた

ものごころついたときから
イエスは感づいていた
とうさん!
と呼びかけると
ヨセフは いつも
不意に見知らぬ他人からでも
声をかけられたかのように
はっと一瞬いきをとめ
それから そのようにに驚いたことに
自分が自分に驚き
自分をとりもどして
おだやかな笑顔にかえり
あ イエスかい……と
ふり返ってくれた父親であったことを

これは 少年イエスの
長いあいだの
秘密であり謎であったのだ

いま イエスから問いかけられた
マリアも
ヨセフと同じ表情になった
はっと一瞬いきをとめ
それから そのように驚いた自分に
自分が驚き
自分をとりもどして
おだやかないつもの笑顔にかえり
そして 落ちついて
イエスの顔をまっ直ぐにみつめて答えた

おまえには
天のとうさまが
いらっしゃるじゃないの
決して死なない
天のとうさまが!
ああ 天のとうさま
天のとうさま!

少年イエスは
長いあいだの
謎がとけたうれしさに
おどりあがって
アネモネの白い花咲く
ひろいひろい野原に
駆け出して行った

(マタイによる福音書1章18節)