イスラエル編

 

昼食を食べに新市街へ。

うれしそうに入るのは中華レストランだからです。

おいしい中華でした。

 


つぎに行ったのは、「死海写本館」です。

クムラン教団が保管していた、聖書の写本を羊飼いの少年が偶然見つけたのですが、その写本を展示しています。見つけた場所は、主イエスがサタンの試みを受けたり、徴税人のザアカイに出会われた「エリコ」ですが、今回はエリコの町を見学することはできませんでした。

紀元前3〜2世紀に筆写されたヘブライ語の聖典で、今日発見されている聖典の中で最も古いものが収められています。1947年夏の独立戦争が始まる直前、死海西北のクムランの洞窟で、ヴェドウィンの少年が偶然見つけ出したもので、それまで最も古いとされていた写本より1000年も昔のものだったので、世界の聖書学会に大センセーションを巻き起こした20世紀最大の考古学的発見といわれる。

 

写本館の内部は撮影禁止なので、写本が入っていた壺のフタを模した、外側で写真を撮りました。

城壁の外にある、「ゴードンのゴルゴタ」と「園の墓」に入ります。看板には「園の墓」と書いてあります。

右奥の崖(妻の赤い帽子の上あたり)が、頭ガイコツ(サレコウベ)のようにに見えるでしょう。あの上が、主イエスが十字架につけられたゴルゴタではないかとフランス軍人のゴードン氏が見つけたので「ゴードンのゴルゴタ」と呼ばれるようになりました。現在、城壁の中にあるゴルゴタは翌日見学します。

こちらは「園の墓」。アリマタヤのヨセフが主イエスのために用意したというお墓があるところです。行列をつくって、墓の中に入ります。

墓の内部です。2部屋になっています。入ったところの右のスペースに、遺体を納めたのです。墓の入り口の右上に開けられているのは明かり取りの窓であり、エルサレムの神殿にメシヤが到来したときに分かるための穴で、イスラエルの典型的な墓の様子を示しています。遺体は穴が開けられている方に足を向けて安置します。死者は いつか来られるメシアを見て、立ち上がるからです。

墓の出入り口をふさぐための丸い石です。墓とは別の位置に置かれていました。

墓に入ったものは、みなこう証言します。「墓はからだった」と。

夜には、YMCA主催の「民族舞踊」の公演を見に行きました。

とても楽しい1時間半でした。練習しておいた「ヘベヌ・シャローム」も一緒に歌えたし。