牧師の部屋

ネットで拾った話

靴屋のマルティン<名古屋弁編>

ある町にマルチーン・アヴデーィチちゅう、独り者の靴屋がおったぎゃあ。地下の一室が店でよぉ、ほんだったってって寝起きしておったぎゃあ。その部屋には明かり取りの窓が1つあるきりだったでかんわが、そこから往来を行く人々の足元が見えてまったがなも。靴を見ただけでよぉ、マルチーンはそれが誰か分かりやがったがなも。やっとぉその街に住んどったもんだでよぉ、たゃあていの人の靴は彼が直しとったのだったでかんわ。
マルチーンは職人気質の、腕の確かな靴屋だったでかんわ。仕事がきれいでよぉ、品質もよく、納期をちゃあんと守りやがったがねし、値段をふっかけたりしーせんもんだでよぉ、仕事が途切れることはあらすかだったでかんわ。大まーけもしませんだったでかんわが。
マルチーンは奉公しとった頃に結婚してまったがねが、何人かのがっきんちょを失い、妻も男の子一人を残して他界してしみゃあました。たった一人残った息子カピトーシカを、男手一つで育ててまったがねが、よーよー仕事が手伝えるようになってまった頃、1週間寝込んだかと思ったら、あっさり先立ってまったのだったでかんわ。

せがれの埋葬が済み、マルチーンは絶望の底に落とされてまったぎゃあ。あんまりの不幸に神を呪い、死を願おったぎゃあ。息子の代わりに、なんで老いぼれのてみゃあを召してくれなんだと、神さまになんべんもなんべんも苦情を言いたててまったがなも。いつしか教会にも行かななってしみゃあました。だったってきょうびになって、人生の意味やら、救いについてぼちぼちかんこうしるようになってきやがったがなも。

ほんなたーけたある日のこと、ペンテコステ(五旬祭)の間近な時だったでかんわが、同郷の一人がマルチーンを尋ねてきやがったがなも。この人は8年間も諸国を巡礼して回っとったのだったでかんわ。

やっとかめに二人で四方山話をしてまったがねが、マルチーンはてみゃあの不幸と不条理の数々を愚痴ったのだったでかんわ。

「おみゃあさんは信仰深いてええだにゃあきゃあ。わしには夢も希望もにゃあし、願いといえや、はよ死ぬこったけでかんて。神さまにいっつもそうお祈りしとりゃがるんだぎゃあ。」
「マルチーンさん、とろくっせゃあことは言えせんでちょーだゃあよ。神さまのなさることにさからってはいけーせんんだよ。神さまはわしたちの智恵より、やあ~っと深いかんこうしを持っとりゃがるのだで。その神さまのなさったことに、ケチをつけちゃいけーせんよ。息子がおみゃあさんより先に亡なってまったちゅうことも、きっと神さまがその方がええと思われたからに違おれせんでかんがやんだよ。」
「ほんな風だったらよぉ、、わしは何のために生きなてはなれせんのきゃあも。」
「てみゃあのためにだにゃあ、神さまのために生きるんだぎゃあよ。そうしたら、悲しめせんで済むし、何だったって堪忍できるようになってまうぎゃあよ。」
「・・・・・神さまのために生きるって、どうすりゃあええんだぎゃあか。」
「キリストさまがこいておられやぁす。おみゃあさんは字が読めるでござるぎゃあ。聖書を買って読んでごらんよ。おみゃあさんの知りたゃあ事は、何だったって書いてあるでなも。」

マルチーンは早速その日のうちにでっきゃあ活字の新約聖書を買ってきて、読み始めてまったがなも。

最初は「休みの日に読まー」と思っとったんだぎゃあが、読み出すと一年中、休みもなあんもあれせん、やっとれんて毎日数ペーヂ読めせんと気が収まらななってしみゃあました。時にゃあランプの油が切れても聖書を置くのがいやになるほどだったでかんわ。
読めば読むほど、神さまが何を望んでおるのか、神さまのために生きなけりゃぁなれせんか分かるようになってきやがったがなも。心に喜びが満ちあふれるようになりやがったがなも。そん時よりかおみゃあさんたらぁが、まんだ生まれとれせんごろは床に入るときにゃあ亡きカピトーシカの事を思い出しては溜息をついとったんだぎゃあが、きょうびでは「グローリア(主に栄光あれ)、グローリア、主の御心のまんまに。」と言えるようになりやがったがなも。

このことがきっかけになって、マルチーンの生活ぶりはがらりと変わりやがったがなも。そん時よりかおみゃあさんたらぁが、まんだ生まれとれせんごろは休みの日には居酒屋に行って紅茶を飲んだり、ウォッカを引っかけて陽気に騒ぎ、道行く人に軽口をたたゃあたり、絡んだりしておったぎゃあ。
けどがよぉ、おみゃあさん、ええきゃきょうびでは朝はよ起きて仕事に精を出し、仕事が終わるとランプを机に置き、聖書を取り出して読み始めるのだったでかんわ。読めば読むほど理解も進み、心も晴れてくるのだったでかんわ。

あるとき、いっつもより遅くまで読んどったら、次の文章に行き当たりやがったがなも。
 
求める者には、だれにだったって与えなさい。おみゃあさんの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはなれせん。人にしてまったってりゃあたゃあと思うことを、人にもしやーせ。
(ルカによる福音書6:30-31)

ほれに続いて、次のみたゃあな文章がありやがったがなも。

「わしを『主よ、主よ』と呼びがてら、なんでわしのこくことを行えせんのか。わしのもとに来て、わしの言葉を聞き、ほれをよぉ、行う人がみぃいいいいんな、どんなんな人に似とりゃがるかを示そう。ほんなもな、ぢべたを深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似とりゃがるちゅうこったぎゃあ。洪水になって川の水がその家に押し寄せたが、しっかり建ててありゃがったもんだでよぉ、揺りいざらすことができんかった。けどがよぉ、おみゃあさん、ええきゃ、聞おっても行えせん者は、土台なしでぢべたに家を建てた人に似とりゃがるちゅうこったぎゃあ。川の水が押し寄せると、家はちょこっと知らんどる間に倒れ、その壊け方がひどかった。」
(ルカによる福音書6:46-49)

マルチーンは眼鏡をはずして聖書の上に置き、肘を机についてこのことを思おったぎゃあ。「はたしてわしの家は岩の上に建っとりゃがるのきゃあも、もけどがよぉ、おみゃあさん、ええきゃて砂の上だにゃぁか。・・・・・ま、神さまのお心から離れーせんように、とろくせゃあこと言っとらんで、まぁまじめに必死こいてやろう。」

ほんだったってって寝床につこうとしてまったがねが、聖書を手放すことができななって続く7章の百人隊長や寡婦の息子の話、金持ちのファリシャア人がイエスを家に招待し、罪ある女が主の足に香油を注ぎ、涙で洗ったこと、主がその女の罪を赦されてまいやがったことやらなんやらを読みやがったがなも。

ほんでもって、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わしがおみゃあさんの家に入ったとき、おみゃあさんは足を洗う水もくれなんだが、この人は涙でわしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。おみゃあさんはわしに接吻の挨拶もしんかったが、この人はわしが入って来てから、わしの足に接吻してやまんかった。おみゃあさんは頭にオリーブ油を塗ってくれなんだが、この人は足に香油を塗ってくれた。だでよぉ、こいておく。この人がぎょーさんの罪を赦されてまいやがったことは、わしに示した愛の大きさで分かるちゅうこったぎゃあ。赦されてまうことの少ない者は、愛することも少ない。」ほんでもって、イエスは女に、「おみゃあさんの罪は赦されてまいやがった」と言われた。
(ルカによる福音書7:44-48)

マルチーンはかんこうしました。「わしもあのファリシャア人のようにてみゃあのことしかかんこうしとらんかったなぁ。てみゃあがお茶を飲めて、暖まっていられればよかったし、お客さまの事やらなんやらかんこうしてもおれせんだったでかんわ。もしイエスさまがお客さまんだったら・・・・」いつのまにかマルチーンは寝入ってしみゃあました。

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「マルチーン!」 よばる声にマルチーンは飛び起きやがったがなも。「どなたさまきゃあも。」と答えて、部屋の中を見回してまったがねが誰もおれせん。ほんだけだにゃあて、まんだあるんだて、トロトロとまどろみやがったがなも。するとせぇやあがまた声がしてまったがなも。はっきりした声だったでかんわ。
「マルチーン!マルチーン!、あしたは通りに気ー付けていなさい。わしはどー転んだってよぉ、おみゃあさん訪れやぁす。」
マルチーンはハッとなってイスから立ち上がりやがったがねが、誰もおれせんだったでかんわ。「夢だったって見たきゃあも。」ランプを消し、寝床に入りやがったがなも

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翌朝、マルチーンは夜明け前に起き出してまったがなも。お祈りをして、暖炉に火を点け、肉とキャベツを切って鍋に入れ、暖炉に吊してまったがなも。お粥の鍋も吊してまったがなも。ほんだけだにゃあて、まんだあるんだて、サモワールに水を入れ、火皿の木炭に火を点けてまったがなも。

まわしが済むと前掛けをつけ、窓際に座って仕事を始めてまったがなも。仕事をしがてら、夕べの「声」のことを思っておったぎゃあ。幻だったのか、夢だったのか。だったって、本当に誰かが声をかけたみたゃあな気もするのだったでかんわ。「なあに、よくあることだにゃぁか」とてみゃあに言い聞かせ、仕事に精をだすことにしてまったがなも。

とはいってまったって、窓から見覚えのにゃあ長靴が見えると、気になって、腰をかがめてほれをよぉ、履いとりゃがる人の顔を確認するのだったでかんわ。新調のフェルトの靴は門番のだったでかんわ。見慣れーせん粗末な靴は水汲み人夫のもんだだったでかんわ。

底のすり減ったフェルト靴はニコリャア帝時代の退役兵でよぉ、今は門番たちの手伝いをしておるぎゃあ。柄の長いシャベルを持っておったぎゃあ。その爺さんの名はステパーヌィチとええ、近所の商家にお情けで住まわしてまったってらっておるぎゃあ。爺さんはマルチーンが覗いとりゃがる窓の前の雪かきを始めてまったがなも。

マルチーンは手元に視線を戻してつぶやきやがったがなも。「何ちゅうことでにゃあきゃぁ。ステパーヌィチ爺さんが来やがっただけだちゅうのによぉ、救い主がおいでになってまったやらなんやらと思ってまったりして。わしもトロなってまったな。歳をとったのきゃあも。」

ほんだけんどが、どえらげにゃあことに10針も縫えせんうちに、また窓の方に目が行ってしみゃあました。ステパーヌィチが壁にシャベルを立てかけ、ぬくとい窓に体をくっつけて一休みしとったのだったでかんわ。おかげで部屋が暗なってまったのだったでかんわ。「お爺さんもずいぶん高齢になってまったんちゅうこったろーなぁ。見たところ、まー疲れて雪かきをする元気もにゃあようだし。・・・・・お茶の一杯だったって誘ってあげようか。ちょうどええあんばゃあに、サモワールも沸いたみたゃあだでな。」
ほんだったってって急須にお茶っ葉を入れ、サモワールの煮え立つた湯をゴボゴボ注ぎやがったがなも。ほんでもって窓ガラスのステパーヌィチの背をコツコツ叩くと、爺さんがのぞき込んだのでよぉ、お茶を飲みにくるように合図し、扉を開けに行きやがったがなも。

「まぁ、えーとこ、お入りなさい。体、冷えたこったろう。しっかりと暖まっていきなさい。」  「やあ、ほんなもな有り難いだに。骨まで冷えてまって、ズキズキ凍りそうな寒さだったよ。」
お爺さんは戸口で足の雪を払おうとして、よろよろ倒れそうになりやがったがなも。 「ほんなたーけたに気を遣えせんでええさ。あとで拭くから。こっちゃに来てお座りなさい。」  マルチーンはテーブルに2つのカップを置き、お茶を注ぎ、やっとイスに腰掛けた爺さんに1つ押しやりやがったがなも。

「とろくせゃあこと言っとらんでよぉ、まぁ一服しやーせよ。」

爺さんは砂糖をたっぷり入れて、飲み始めてまったがなも。マルチーンは猫舌だったもんだでよぉ、いっつものように受け皿へちいとずつあけて、ふぅふぅ吹きがてらすすりやがったがなも。

「ありぐぁとー。生き返ったみたゃあでにゃあきゃぁ。」爺さんは受け皿にカップを逆さまにして置きやがったがなも。「ごちそうさま」のシャアンだに。だったって、何となくお代わりが欲っしい様子だったでかんわ。

「まー一杯、飲みなさいな。」マルチーンはお代わりを注ぎやがったがなも。視線が窓の外にチラ、チラと動きやぁす。
「誰かこられるんだぎゃあか。」爺さんが尋ねました。
「うーん、誰を待っとりゃがるかって、ちーとばか恥ずかして言いにくいけどがよぉ。・・・・・ひょっとしたら、わし、気が狂っておるのかも知れーせんよ。・・・・・ぼけとったのか、寝ぼけとったのか分かれせんが、ある事を聞いたんだぎゃあ。・・・・・実はなも、ゆんべ寝る前に聖書を読んどったら、イエスさまの事をおもてなししんかったファリシャア人の話がありゃがったんだぎゃあ。・・・・・そのうち、ウトウトしかけたと思ったら、 "マルチーン!マルチーン!あしたは通りに気ー付けていなさい。わしはどー転んだってよぉ、おみゃあさん訪れやぁす。"って、2回も呼びかけられたんでかんて。信じられーせんでござるぎゃあ。ですもんだでよぉ、その言葉が頭にこびりついて離れーせんんだぎゃあ。・・・・・ほいでよぉ、こうやって、やあ~っと待っとったんだぎゃあ。イエスさまをなも。」

ステパーヌィチは頷きがてら、話を聞いておったぎゃあ。2杯目を飲み終わると、まっぺんカップを受け皿に伏せてまったがなも。
「こんだぁどーなるか、ちゅうとさゃあが、おみゃあさんが元気で居られるように、祝杯しよみゃあ。・・・・・イエスさまは、あちこち行かれたんだぎゃあが、どこだったって、誰にも相手にされーせんかった貧乏人や乞食にはとりわけ親切にしやーせてまったがなも。お弟子にもエリャア人はいなて、漁師や職人ばっかだったぎゃあ。そう書いてありやがったがねよ。」

「婚宴に招待されてまいやがったら、上席に着いてはなれせん。おみゃあさんよりも身分の高い人が招かれており、おみゃあさんやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってちょーだゃあ』とこくかもしれーせん。そんときゃ、おみゃあさんは恥をきゃあて末席に着くことになるちゅうこったぎゃあ。招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうするとせぇやあが、おみゃあさんを招いた人が来て、『さあ、まっと上席に進んでちょーだゃあ』とこくちゅうこったろー。そんときゃは、同席の人みぃいいいいんなの前で面目を施すことになるちゅうこったぎゃあ。だれだったって高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められるちゅうこったぎゃあ。」
(ルカによる福音書14:8-11)

マルチーンはお茶を飲むことも忘れて、話すことに夢中になっておったぎゃあ。涙が頬をつたっておったぎゃあ。

「まー一杯、のみなさい。」マルチーンは言おったぎゃあ。
「ありぐぁとー、マルチーン・アヴデーィチ。こーゆーよーなに親切にしてまったってらって。おかげ様で身も心も温まりやがったがねよ。」爺さんは十字架を切り、カップを押しやって立ち上がりやがったがなも。
「どえらげにゃあ。また寄ってちょーだゃあよ。お客がいてくださると、嬉しいもんだで。」

ステパーヌィチ爺さんは部屋を出ていきやがったがなも。マルチーンは急須に残ったお茶を飲み干し、また窓際に座って仕事を始めてまったがなも。だったって、頭の中はキリストのことで一杯だったでかんわし、相変わらず窓の外の通行人に目が移ってまうのだったでかんわ。

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二人の兵士が通り過ぎやがったがなも。一つは支給品の長靴。まー一つは自前の靴だに。ちいとの間してエナミェルの靴を履いた紳士が通り過ぎ、パン篭を担いだパン屋が通り過ぎやがったがなも。

女の足が見えてまったがなも。このさっぶいのに木靴を履いておるぎゃあ。窓の外を通り過ぎ、壁の前で足を止めてまったがなも。マルチーンが身を乗り出すようにして窓の外を眺めると、この町の者ではにゃあようだったでかんわ。赤ん坊を抱かえておったぎゃあ。風を避けようと、壁に寄りかかり、赤ん坊を暖めようととしておったぎゃあが、くるむものも充分でにゃあ様子でよぉ、ほればっかだにゃあてもっさらこい夏服を着ておったぎゃあ。

女の足が見えてまったがなも。このさっぶいのに木靴を履いておるぎゃあ。窓の外を通り過ぎ、壁の前で足を止めてまったがなも。マルチーンが身を乗り出すようにして窓の外を眺めると、この町の者ではにゃあようだったでかんわ。赤ん坊を抱かえておったぎゃあ。風を避けようと、壁に寄りかかり、赤ん坊を暖めようととしておったぎゃあが、くるむものも充分でにゃあ様子でよぉ、ほればっかだにゃあてもっさらこい夏服を着ておったぎゃあ。

「おくさん!そこのおくさん!」

女は声に驚いて振り返りやがったがなも。老眼鏡を鼻に引っかけた、職人風の、人の良さそうな爺さんがおいでおいでをしておるぎゃあ。

「そこは、さっぶいでござるぎゃあ。こっちゃゃの部屋にお入りなさい。赤ん坊の世話もしやっすいでござるぎゃあ。遠慮はしーせんでよぉ、おはいりなさい。」

女はマルチーンにだで部屋の中に入りやがったがなも。

「まっと、火の近くにお寄りなさい。唇が真っ青になっとりゃがるだにゃぁか。暖まりゃぁ、おっぱゃあも出て来ますよ。」
「おっぱゃあはまー出ーせんんだぎゃあ。・・・・・今朝からなあんも食べておれせんでかんがやんだぎゃあ。」

女は確認さすかのように、乳首を赤子の口に含ませようとしてまったがねが、赤子はちゃっとにオッピャアを吐き出して、まっぺん泣き始めてまったがなも。

マルチーンは「なんてこったゃあ」と頭を振り、暖炉の扉を開けてまったがなも。お粥はまんだ充分に煮えておれせんだったでかんわが、キャベツのスープはおいしそうに煮えておったぎゃあ。ほんだったってってスープを椀によそい、テーブルの上に置いて、パンを切ってスプーンと一緒にナプキンの上にまわししてまったがな。

「さあ、さあ。こっちゃゃに来てお食べなさい。ぬくとーなってまうぎゃあよ。・・・赤ん坊をよこしやーせ。わしにも子どもが居たのでよぉ、あやすのは上手ですもんだで。」

女は頷いて食卓に着き、十字を切ってから食べ出してまったがなも。マルチーンは赤ん坊に頬ずりしたり、百面相をしたりしてあやしてまったがねが、なかなか泣きやみません。ほんだったってって、指を赤ん坊の顔に近づけたり遠ざけたりしてまったがなも。そうしたら、赤ん坊は興味を示し、泣きやんで手でつかまーとしてきゃっきゃっと笑い始めてまったがなも。マルチーンも嬉しなって、赤ん坊と一緒に笑い出してまったがなも。

女は食べがてら、ぼつぼつと身の上を話し出してまったがなも。

「わしの亭主は兵隊でよぉ、8ヶ月ほど前に戦地にいったきりでよぉ、なしのつぶてなんだぎゃあ。仕送りもにゃぁまんまに、子どもが産まれるまでは台所の下働きをしとったんだぎゃあけど、やかましいって、3ヶ月前に仕事できなくなっちゃったんだに。・・・・・ちいとの間は質屋がええしとったんだぎゃあけどがよぉ、売る物がななってまって、乳母の口を探したんだぎゃあが、痩せとりゃがるでちぃとえらにゃあか、おみゃあさんだって、断わられてまったんだぎゃあ。ほいでよぉ、知りあいの人に頼んでよぉ、その人が働いとりゃがる店で働くことになってまったんだぎゃあけど、お店はどえりゃあ離れとりゃがるんだぎゃあ。来週から来てくれって言われたのちゅうこったけどがよぉがよぉ、年の瀬も迫ってきて、このさっぶい中をどうやって通おうかと、途方に暮れとったんだぎゃあ。幸い、家主さんが親切な方でよぉ、家賃が溜まっとったって知らん顔しとってくださっとりゃがるもんだでよぉ、とっても助かっとりゃがるんだぎゃあ。」

マルチーンは溜息をつき、言おったぎゃあ。

「おみゃあさん、ぬくとい着物は持っとらんんだぎゃあか。」
「はい、きんのう、いっちゃんケツっぺたのショールを20コペイカ(今の日本なら500円ぐりゃあ?100コペイカ=1ルーブル)で質に入れてまったもんだですもんだで。」女はいつの間にかベッドで寝てまった赤ん坊を抱き上げた。

マルチーンも立ち上がり、壁の方でごそごそやっとったが、裏が毛皮の、古くっさゃあけど暖かそうなマントを取り出して女に渡した
「これ、持っていきなさい。上やらなんやらではにゃあけどがよぉ、赤ん坊を包む足しにはなるで。」

女はマントを見て、マルチーンの顔を見た。震える手でマントを受け取ると、わっと泣き出してしみゃあました。マルチーンも思わず目頭がちんちこちんになってまってよぉ、顔をそむけると、ベッドの脇机から手提げ金庫を取り出し、ごそごそかき回しておったぎゃあが、何ぞ握って、女の前に戻ってきやがったがなも。するとせぇやあが女は言おったぎゃあ。

「おじさん、どうかイエスさまのご加護が豊かにありゃあすように!。わしを窓辺に導いてくださったのは、イエスさまでござるぎゃあ。もしそうでなかったら、この子は今頃凍え死んどったかもしれすか。家を出るときにゃあほんなたーけたに寒くなかったのに、急に冷え込んできたんだぎゃあもんだで。わしんたらぁを窓から見つけて、哀れんでくださるように、イエスさまがおみゃあさんに親切心を吹き込んでくださったもんだでござるぎゃ。」

「ほんとうに、そのとおりだなも。」マルチーンは微笑んで応え、ゆんべの出来事を話して聞かせてまったがなも。

「不思議なことって、あるもんだだにゃあきゃあ。」女はそうこいて立ち上がり、子どもをマントでくるみ、深く会釈し、部屋を出ていこうとしてまったがなも。
「これ、持っていきなさい。」そうこいて、マルチーンは20コペイカ銀貨を女に握らせてまったがなも。
「こんでショールを買い戻すことができやぁす。」女は十字を切りやがったがなも。マルチーンも十字を切り、外まで母子を見送っていきやがったがなも


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マルチーンはキャベツのスープを飲んで片づけ、また窓辺に戻って仕事を始めてまったがなも。
針を運ばせがてら、神経は相変わらず窓の外に向いておったぎゃあ。窓に人影が映ると、見上げて確かめてまったがなも。顔なじみの奴んたらぁ、見知らぬ奴んたらぁ。だったって、用心を引くみたゃあな人はおれせんだったでかんわ。

ちいとの間して、物売りの婆さんが窓の外で足を止めてまったがなも。リンゴの入った篭を持っておったぎゃあが、窓の庇の上に置いて、背中のズタ袋をぢべたに置きやがったがなも。その袋には、どこぞの工事現場で拾ってきたのでござるぎゃあ、廃材の木ぎれが一杯詰まっておったぎゃあ。婆さんは担ぎやっすいように、詰め直し始めてまったがなも。

小さな影がすり寄ってきたかと思うと、激しい罵声と泣き叫ぶ声が聞こえてまったがなも。少年が婆さんのリンゴを1個くすねようとして、婆さんに掴まえられたんだぎゃあ。
マルチーンが老眼鏡を落っことしてまうほど慌てて外に出てみると、婆さんが少年の髪の毛をつかみ、げんこつでひどく叩きがてら、「この泥棒め!警察に突き出したる!」と叫んでおったぎゃあ。少年は「なあんも盗んでにゃあよう!叩けせんで!放して!」と、手足をばたつかせがてらこいておったぎゃあ。

マルチーンは少年の手を掴み、「婆さん、堪忍してあげてよ、堪忍してあげなよ!」と言おったぎゃあ。

「赦してやれせんことはあらすかよ。だったってなも、こっぴどく叱ったって、性根をたたきなおすのが親切ちゅうものさ。とろくせゃあこと言っとらんで、まぁ、交番に引っ張っていかなくちゃ!」
「婆さん、ええ加減に、堪忍してあげてよ。ほんだけぶたれたら、懲りとりゃがるさ。ねえ、頼むでよぉ、赦してあげてよ。」

婆さんが手を放してまったがなも。少年は慌てて逃げようとしてまったがねが、マルチーンは少年の腕をつかんで言おったぎゃあ。「黙って行ったりゃあけーせんちゅうこったろー。お婆さんにちゃんと謝まらなてはいけーせんよ。リンゴを盗ったことを、わしちゃんと見とったんだで!」

ほれをよぉ、聞いた少年は泣き出し、婆さんにわびて、許しを請おったぎゃあ。

「ほいでええんだよ。さあ、このリンゴ1つ買ってあげてまうでよぉで。」とこいて、篭からリンゴを一つ取り、少年に渡してまったがなも。「わしが勘定払うもんだでな、お婆さん。」

「こーゆーよーな子どもを甘やかしたら、またゃあかんことをするに決まっとりゃがるさ。何日まーなされてまうほど痛めつけてやりゃぁええんでにゃあきゃぁ。」

「お婆さん、ほんなたーけたにムキになっちゃいけーせんよ。リンゴ1個でムチ撃たれなけりゃぁなれせんんだったら、わしたちの罪はどうやって償ったらええんちゅうこったろーよ。どんなんな罰を受けたらええのか。」とマルチーンは言い、聖書の話をしてまったがなも。

ほんだったってって、天の国は次のようにたとえられるちゅうこったぎゃあ。ある王が、家来やがったちに貸した金の決済をしよみゃあとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金しとりゃがる家来が、王の前に連れて来られた。けどがよぉ、おみゃあさん、ええきゃ、返済できんかったもんだでよぉ、主君はこの家来に、てみゃあも妻も子も、また持ち物もずぇえええええ~んぶ、ひとつのこらずだにぃ売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってちょーだゃあ。きっとずぇえええええ~んぶ、ひとつのこらずだにぃお返ししやぁす』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。ほんだけんどが、どえらげにゃあことに、この家来は外に出て、てみゃあに百デナリオンの借金をしとりゃがる仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すもんだで』としきりに頼んでにゃあきゃぁ。けどがよぉ、おみゃあさん、ええきゃ、承知せーせんといて、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事の次第を見てどえりゃあ心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。ほんだったってって、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来でにゃあきゃぁ。おみゃあさんが頼んだでよぉ、借金をずぇえええええ~んぶ、ひとつのこらずだにぃ帳消しにしてやったもんだでにゃあきゃぁ。わしがおみゃあさんを憐れんでやったように、おみゃあさんもてみゃあの仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』ほんでもって、主君は怒って、借金をまるまる返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。おみゃあさんたらぁの一人一人が、心から兄弟を赦せせんなら、わしの天の父もおみゃあさんたらぁにおんなじようになさるちゅうこったろー。」
(マタイによる福音書18:23-35)

「神さまは赦せとこいとりゃがるだにゃぁか。・・・・・もし人を赦さんかったら、わしたちも赦されーせんでかんわんだで。特にまんだ分別が分からんヤツには。」
「おみゃあさんのこくとおりだに。ちゅうこったけどがよぉ、子どもは悪さするのもんでかんて。」
「そうなんだよ。何がえぇこやら、年寄りのわしたちが子たちに見してあげなけりゃぁ。」 
「わしも、そうは思うのちゅうこったけどがよぉがよぉ。・・・・・ずいぶん年取ったけどがよぉ、わしも働けるうちは働こうって、頑張っとりゃがるんでかんて。孫たちのためになも。その孫が、またかわええんでかんて。特にアクシュートゥカときたら、朝から晩まで"お婆ちゃん、お婆ちゃん"って、わし無しじゃ日も暮れーせんんだぎゃあ。・・・・・そうだなも、ほんのイタズラだったんだぎゃあなも。神さま、どうかこの坊やを守ってあげてちょーだゃあ。」

婆さんが袋を担ごうちゅうことにしてまうとせぇやあが、少年は言おったぎゃあ。「お婆さん、わしが持ってあげてまうでよぉよ。おんなじ方角だで。」婆さんは頷いて、木っ端のぎっしり詰まったズタ袋を少年に渡してまったがなも。二人はなにやら楽しそうに話しがてら、遠ざかっていきやがったがなも。リンゴ代を請求するのも忘れておったぎゃあ。

二人の姿が見えななるまでマルチーンは佇んでおったぎゃあ。部屋に戻ろうとしたら、階段のところに老眼鏡が落ちておったぎゃあ。幸い、傷はついておれせんだったでかんわ。腰掛けに座り、また仕事を始めてまったがなも。

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点灯夫が、街灯に明かりを入れて回っておったぎゃあ。仕事場も暗なって、針に糸を通せななってまったもんだでよぉ、ランプを灯してまったがなも。・・・・・長靴の片側が出来てまった。要所要所をチェックしてまったがねが、申し分のにゃあ出来だったでかんわ。道具を片づけ、床に散らばった皮や糸の裁ちくずを箒で掃き集め、捨ててまったがなも。

天井のランプをテーブルの上に移し、福音書を棚からとり出して机の上に置きやがったがなも。

福音書を読み始めようとしたとき、ゆんべのみたゃあなことが起こりやがったがなも。後ろで何ぞの気配がしやぁす。振り返ってみたら、いくつか影が見えやぁす。ぼんやりしとって、何の影かよく分からすか。

「マルチーン、マルチーン!、わしがわかりゃあすか。」
「どなたなんだぎゃあか。」
「わし、わし。」・・・・・ステパーヌィチが姿をあらわしてまったがなも。微笑んだかと思うと、消えてしみゃあました。
「こんだゃあわし。」・・・・・赤子とその母親が現れ、二人ともにっこりして、消えてまったがなも。

続いて婆さんと少年が現れ、おんなじように笑いかけると、消えてしみゃあました。

マルチーンは心が喜びで満たされてまったぎゃあ。十字を切り、福音書を読み始めてまったがなも。

おみゃあさんたちは、わしが飢えとったときに食べさせ、のどが渇いとったときに飲ませ、旅をしとったときに宿を貸し、裸んときゃに着せ、病気んときゃに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからでにゃあきゃぁ。』するとせぇやあが、合っとる奴んたらぁが王に答えるちゅうこったぎゃあ。『主よ、いつわしたちは、飢えておらっせるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておらっせるのを見て飲み物を差し上げたでござるぎゃあか。いつ、旅をしておらっせるのを見てお宿を貸し、裸でおらっせるのを見てお着せしたでござるぎゃあか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでござるぎゃあか。』ほんだったってって、王は答えるちゅうこったぎゃあ。『はっきりこいておく。わしの兄弟であるこのいっちゃん小さい者の一人にしたのは、わしにしてくれたことだでかんわて。』
(マタイによる福音書25:35-40)

マルチーンは気づきやがったがなも。主が確かにおいでになってまったこと。