牧師の部屋

永井明著「詩的イエス」

あね

マルタは
いもうとのマリアを愛していた
もちろん
イエスをも愛していた
だが 彼女は
いもうとの気持ちをしっていたので
イエスが訪れると
さっさと台所へにげこみ
ありったけのごちそうをつくり
いもうとのために
イエスをもてなそうとする
 
あのひとは
いもうとの気持ちに気づいてくれて
いるのかしらと
いらだちながら
せかせかとたちはたらき
ふと 母おやのような自分に
微笑さえもらしている
 
もうすこしで蜂蜜いりの
パンが焼ける
澄んだイエスの声が
台所にまできこえてくる
内容はわからないが
声だけでもきいていると
心がみちたりてくる
不思議な人だなあ
と思ったそのときだ
マリアの笑い声がした
つつましいが若い
甘えた笑い……
とたんに
どす黒い炎が
マルタの胸をこがした
むろん
そのことに
本人は気づかなかったが
それは女のかなしい嫉妬だった
さっと客間の戸をあけ
先生!
と マルタはイエスをにらんだ
あんまリマリアを
甘やかしすぎはしませんか?
すこしは わたしの手伝いを
させてくださっても……
 
やあ マルタさん
あなたもここへきて
ちょっと坐りませんか
いま 大事な
そうなんです お茶やお菓子よりも
大事な話をしていた
ところなんです
ことばでなく
手をあげて招いた
イエスの爽やかさが
胸の炎を消した
マルタは
無意識のうちにエプロンをぬぎすて
マリアとイエスのあいだに
分けいるように
丸い膝をそろえて坐った
マリアに劣らず
瞳を少女のようにかがやかせながら
あどけなく
深い海のような
イエスの目を見上げた
 
もう台所で
蜂蜜入りのパンがこげ
釜の湯が煮えたち
吹きこぼれるのも忘れ
イエスの語る
大事な この世で一番大事な
言葉に耳を傾け
胸の底の底まで
きよめられていた

(ルカによる福音書10・38~42)