牧師の部屋

永井明著「詩的イエス」

おふくろ

おふくろさんと
きょうだいが

あんたをさがしにきてるよと
告げられたとき
イエスの顔に
狼狽が走った
あわてて手を振り
いないといってくれ
といった
 
その狼狽のはげしさに
彼をとりまき
彼の話をきいていた人びとは
はっといきをのみ
彼の顔をうかがった
ほんとに おふくろさんを
帰しちゃって いいんだね
呼びにきた男が念をおした
 
ながい沈黙がつづいた
人びとは
頭をかかえこんでしまった
イエスをみて
ただ困惑していた
ゆっくりと
イエスがたちあがった
イエスは 自分をとりまく
ひとりびとりを指しながら
おまえさんたちが
わたしのおふくろだよ
といった
 
な なんだと? わしらが
あんたのおふくろだと?
そうだよ
みんな よくきいてくれ
わたしを生んでくれたおふくろだけが
おふくろじゃない
天のお父さんを信じてなあ
仲よく手をつないで
生きていくものはみんな
わたしのおふくろ
わたしのきょうだいなんだよ
 
もうひとかけらの狼狽もかなしみも
イエスのどこにもなかった
やさしい いつもの微笑が
うららかな
春の朝の湖のさざなみのように
人びとの心に
ひたひたとしみてきた
 
人びとは胸のおくで
そうだな そうだな と
イエスの言葉を
深く深くかみしめ
うなずきながら
イエスのようなやさしい笑顔になって
おたがいに
おふくろよ きょうだいよ と
肩をたたきあうのだった

(マルコによる福音書3・31~35)