牧師の部屋

永井明著「詩的イエス」

語られなかった言葉

三十三年の生涯のうちで
その口から一度もきかれなかった
言葉は
キリスト という言葉だ

病人をいやしても
あなたを救ったのは
あなたの信仰だよ といって
わたしが救ってやったなどとは
決していわなかった

  十字架につけられ
手と足に釘をうちこまれて
血を流したときにも
自分を嘲るローマの兵士たちをみて
天の父よ
あの人たちをゆるしてやってください
あの人たちは
知らずにしていることですから
と祈り
いよいよ力つきると
天のとうさま!
とだけ絶叫して息たえた

わたしはキリストで
人類の罪を背負って
血を流すのだなどとは
決していわなかった

だが それだからこそ
彼はキリストになった
イエスは救い主になった

だまって十字架につき
だまって血を流す
それ以外の どこに
人類の救いがあるか
いや このわたしの
救いがあるか

(マタイによる福音書9・22)(ルカによる福音書23・32~46)