木製聖餐具の紹介

 

 長くこの群れと共に生き、礼拝し、1999年1月に逝去された当教会の2代目の会計役員であり、初めて「長老」と呼ばれた、中村重雄さんのご遺族から、記念となるように使って欲しいという感謝の指定献金をいただきました。教会役員会で検討し、聖餐式用の器を新しくして、永く使っていくことにしました。

 聖餐具は通常、ぶどう酒用とパン用の2種の器を利用しています。現在使用しているものは、1段用アルミ製の器セットに、2段目として銀メッキ製の器セットです。2段目を買うときに、古いものを銀メッキ製と勘違いして購入したもので、サイズが異なっているために、乗せる順序が違うと乗せられなくなってしまう(アルミの上に銀メッキ)ので、配餐する役員も気を使っていました。

 さて、それではどんな聖餐具にしようかと、いくつかカタログを取り寄せましたが、形はどれも現在使用しているものと似ていて、違いは材質や表面処理で、アルミ、銀メッキ、金メッキになっています。私たちの教会は新会堂になって、聖餐卓をイタリア製の大理石テーブルにしたので、金属の器を置くたびに、コツコツと音がするので、できれば音の柔らかいものにしたいという思いもありました。

 思案しているときに、「かつて木製の聖餐具を見たことがある、なかなかよいものだった」という情報を得て、私たちはこの方向で考えることにしました。しかし、木工製品の里である飛騨高山などに問い合わせをしましたが、「作ったものを見たことがないし、そんなものは作れない」の返事ばかりでした。直径は、現在の聖餐具と同じサイズを考えていたので、40p近くの木材が必要でしたし、しかもムクでという注文でしたから。ムクの木材は暴れるというのが常識ですからね。

 そこで、講壇部分にムクのナラ材を使用してすばらしい家具調度品を作ってくださった、栃木県大田原市の「大和田工芸」に「何とか作っていただけないか」と尋ねると、「やってみます」との返事をいただきました。1999年の初夏のことでした。ムクのナラ材でそれぞれ4段のぶどう酒用とパン用の聖餐具を作るために、今村役員が現行の聖餐具を計測し、木製でも成立するように図面を ひき、ようやく打ち合わせにこぎ着けました。(ぶどう酒用盤は350φ*60oで、1段に37人分のカップが納まります。*4段ですから、148人分です。パン用皿は280φ*30oです)

 もちろんのこと、大和田工芸にとって初めての聖餐具作りでしたが、十分に乾燥させた太い木材を倉庫に持ち、近くに優れたろくろ師がおられることが引き受けられたポイントだったようですが、大物を削りだす作業であったため、実際には、ろくろ師のOKを得るには1ヶ月半もかかったとのことでした。当初は、12月のクリスマス頃という納期は、粗彫りをして乾燥させる作業をしようという目途だけで過ぎてしまいました。そりや暴れを心配して、粗彫りしたあと、もう一度乾燥させて本彫りをし、さらに乾燥させて、ついでに梅雨を越させて様子を見る、というように作業は進みました。最終的には、「納期は決めない。職人さんが納得できるところまで延ばす」ことにしました。途中経過は大変なことだったようですが、 2000年5月に工場へ伺ったときに、社長や専務の顔に自信とうまく行けそうな表情を見て、本当にうれしく思いました。これならきっと礼拝にふさわしいものを作り上げてくれると、自信が確信に変わりました。

  

                                                削っただけのまっさら状態のものです。

 2000/7/21。PF幼稚科夏期キャンプを終えて、ほっとしたところに、待っていた聖餐具が専務ご夫妻によって届けられました。さっそく、礼拝堂に運び入れ、木箱から開けました。

   

       聖餐卓の上に             記録用に写真を撮る専務ご夫妻 

              これがアップ写真です。木目も美しい

 トップの十字架(ローズウッド材)が付けられた蓋を外しても、なお5段あるように見えますが、一番下は盤台です(パン皿のほうも)。シンプルなデザインとていねいな漆塗り仕上げで、奥深い味わいがあります。使い込んだらどんな風に変わってくれるのか、楽しみです。

 ろくろ職人さんがとても気に入って、「もっと作りたい」と言ってこられたとのことですが、もう材木がないのだそうです。専務が「もし教会の方で気に入らなければ、うちで引き取る」と言われるぐらい気に入った出来だそうで、何枚も写真を撮って帰られました。作った方々が「気に入った」なんて言ってくださるのは、なんともうれしいことです。

 今回の会堂建築の仕事はこの木製聖餐具をささげることで ほぼ完了となりました。神によって長く育ててられたナラの木が、多くの人々の手を経て、礼拝に仕える器として新たな生命が吹き込まれました。神から与えられた大きな恵みに応えて、いよいよ心を尽くして礼拝をささげて行くと共に、伝道に励んで行きたいと思います。栄光が神にあるように。

                7/23の礼拝後、みんなに見て、触れていただきました。